笑顔畑プロジェクト

心も身体もしんどい時が続くけど、小さな笑顔を育てよう。 笑顔の畑に元気が実る。 その元気は、明日へ架ける橋になる。  みんなで明日を見に行くために、笑顔の畑を育てよう。

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そして、旅はまだまだ続く~~よ~~♪ど~こま~で~も~♪

私が気になっていたのは、震災直後のニュースで涙が止まらなかった、
最後まで非難の声がけを町内に流して続けた女性の町、南三陸が気になっていました。

自分を犠牲にしてまで町の人に叫び続けた彼女が勤めていた、南三陸防災庁舎。
仙台からは、約2時間かかりました。。

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後から知ったことですが、この庁舎は年内で解体が決まったようです。
悲惨な建物から、、彼女が必死に呼びかけていたという情景が目に浮かぶようなつらい光景でした。

お線香を着ける組み台があり、手を合わせて帰ってきました。

近くの船着場には、

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と町の思いが書かれていました。大きなコンクリートに書かれた文字が傾きながらも
私に何か伝えようとしていました。町の人たちの大切な海だったんだなぁ~。。

そして、次にむかったのここ。

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南三陸さんさん商店街!いあぁ~~ここの仮設復興商店街はとっても活気があったよ!

魚屋さん、肉屋さん、ケーキ屋さん、海苔屋さん、雑貨屋さん、そして食べどころ。。

いまは、「秋のキラキラ丼」フェアーをしていて、おいしい魚介がたんまり乗った
どんぶりを各店舗で提供している。

私の食べたキラキラ丼!

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目からキラキラ星が飛び出してきそうなほどおいしかったよ!

ちょっとボリューミーだったけど、3人とも完食という男前な腹を持っています!

文化祭のような商店街であれこれお買い物をしてめっちゃ楽しんで。。。

その後、この商店街のサポーターの菅原さんという女性から彼女の体験話を聞きました。
「津波の光景を高台にある中学校から見ていました、まるで今起きていることは、
映画のような状況で、大人たちは皆、悲鳴をあげるわけでもなく呆然としていましたよ。
子どもたちには、見せてはいけない光景だと先生たちが配慮してくれていました。」

避難所で絶望的は毎日を過ごし、1週間くらいたった時に、南三陸商店街をしているかまぼこ屋の
リーダーが声をかえてくれたそうです。
「また、やるぞ!またみんなで店つくるぞ!」
な~にもなくなった毎日から、前を向こうと思った時だったそうです。

そこから月一度の商店街が始まったそうです。全国から売るものを寄付してもらったりして
続けたことで、このさんさん商店街では、やっとこ自分たちで生産したものが
売れるようになったそうです。彼女のキラキラした目がこの南三陸のみんなと共通していました。

40分も一生懸命話してくれた菅原さん、、本当にありがとうございました。
また、遊びに行くんで、また、話聞かせてくださいね。

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最後はモアイ像の前でパチリ!

イースター島から送られたモアイ像は、商店街を暖かく見守っていました。

それから石巻の日和山公園に行きました。

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ここに建物があったのかな。。。忘れてしまう光景でした。

なので、ここにあった昔の写真と今の光景を撮ってきました。

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きっと、今被災地を訪れても、、昔がどんな風景が分からないと何がなくなったのか
分からないんだろうな。。。公園には4枚の風景が飾られていました。

そして、最後にむかったのは、こちらの復興商店街

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こちらも地元のおいしい食べ物屋さんや物産店などいろいろお店がありました。
休憩所には、当時の写真がたくさん飾られています。

そして、これはクレープ屋さんの後ろに書かれていました。

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石巻の方々の暖かい思いが伝わってジーンとしました。

「お互いさま」震災にあった人もそうでない人も。。「お互いさま」
やっぱり、今回の旅でもたくさん勇気をもらって帰ってきました。

「何ができる!」ってことではなく、肩肘張らず、忘れない事、そして
今自分が思うことをつづっていくこと。。。伝えること。。。

そんなことしかできないけど、、、そうゆうことなんじゃないかなと  思った二日間でした。

BY:顔の丸いまりちゃん
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